【量子化学】水素様原子とは?固有エネルギーを導出してみる 前編

量子化学

ここまで1次元箱型ポテンシャルや3次元箱型ポテンシャルを例にして、シュレディンガー方程式を見てきましたね。今回はさらにレベルアップして、実際の原子にシュレディンガー方程式を適用することを考えてみましょう。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

え…。あれは確かかなり簡単にしたパターンでしたよね?それでも計算は大変だったし、理解するのも一苦労だった気がしますけど、もっと難しくなるんですか?

shiki
shiki

新しい考え方がいくつも出てきたので、苦労するのは仕方ないですね。方程式の見た目は面倒くさくなりますが、基本方針は何も変わりません。

これまで理解したことを土台に、前回までよりも実践的な「水素様原子」とよばれる電子が1つしか含まれていないような原子に対して、シュレディンガー方程式を考えてみましょう。

水素様原子・分子とは?

それではまず、水素様原子がどのようなものなのかについてみていきましょう。高校物理の問題などでもまずは図を描いて、状況を整理するところからはじめていたはずです。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

そうですね。まずはこれまでと同じように状況をしっかり把握しておかないと方程式すら立てられなくなってしまいます。

水素様原子の構造

水素様原子とは、漢字のとおり「水素の様な原子」という意味合いで使われます。この「水素のような」というのは、主に原子中の電子の個数についてです。水素原子には電子が1個だけ含まれていますから、「水素様原子」にも水素原子と同じ数、つまり1個の電子が含まれています。

shiki
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原子に電子が1個しか含まれていないような原子を「水素様原子」といいます。He+やLi2+などは例としてよく取り上げられます。

なぜ水素原子と同じような、電子が1つだけのときを特別視するのかというと、シュレディンガー方程式の特徴に由来します。シュレディンガー方程式は電子同士の反発を考えるのが苦手だったのを覚えていますか?

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

なんか第1回で初めて出てきたときに行っていたような…。電子1個の場合だけが厳密に解ける唯一のパターンでしたっけ?

電子間反発を考えるのが苦手なので、電子が1個だけ含まれているというのが、シュレディンガー方程式を唯一解くことのできるパターンなのです。そのために特別視されており、テストや試験でもよく出題されます。

ちなみにHe+やLi2+って本当に存在するの?と思う方もいるかもしれませんが、作ろうと思えば作れる程度で自然界には存在しません。このため計算練習として都合がいいもの程度に考えてもらえばいいかと思います。

水素様分子について

水素様分子についてもほとんど同じです。結局、分子内に電子が1つしか存在しないような分子のことを言います。出てくるのはH2+くらいなのでこの分子だけ知っておけば問題ないでしょう。

He+のシュレディンガー方程式

さてここから水素様原子、今回はHe+を例にシュレディンガー方程式を考えていきます。いつも通り立式から解の導出までわかりやすく解説していきます。

断熱近似(ボルン・オッペンハイマー近似)

急に知らない単語が出てきましたね。しかし全く難しくはありません。要するに「原子核と電子では質量に2000倍近く差があるのだから電子だけが動くと考えても大差ないのでは?」ということです。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

原子核は止まっていて、電子だけが動き回っていると考えるということですか?

shiki
shiki

そういうことです。ボルン・オッペンハイマー近似と言ったりもします。直感的にも分かりやすい上に、この近似を取り入れることで式が簡単になるというメリットがあります。

シュレディンガー方程式の立式

シュレディンガー方程式を立式しましょう。今回は原子について考えていくのでもちろん\(x\)軸、\(y\)軸、\(z\)軸の3次元で考えていきます。

shiki
shiki

ハミルトニアンを考えるためには、運動エネルギーと位置エネルギーを考えればよかったですよね。

運動エネルギー

今回、電子は3次元で運動していると考えるので、どこか特定の1方向だけに速度をもっているということは考えられませんね。そのため\(x\)軸方向、\(y\)軸方向、\(z\)軸方向の3方向の速度を考えなければなりません。

それぞれの軸方向の速度を\(v_x\)、\(v_y\)、\(v_z\)とすると電子の運動エネルギーは下のようにあらわされます。

$$\frac{1}{2}m(v_x^2+v_y^2+v_z^2)$$

shiki
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ここまでできたら運動エネルギーを運動量\(p\)を使った式に書き換えて、そのあと演算子に置き換えてみましょう。

$$-\frac{\hbar^2}{2m}(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2})$$

位置エネルギー

今回考えているHe+中で、電子に働いているポテンシャルについて考えてみましょう。原子核の周りを電子がまわっているので、原子核と電子の間にクーロン力が働いていますね。よって電子が持つポテンシャルはクーロン力による位置エネルギーとなります。

$$-\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{2e^2}{r}$$

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

Heの原子核は陽子が2つでしたね。エネルギーの公式は忘れていたので高校物理の教科書で復習しておきます。こんなに高校範囲が出てくるとは思いませんでした…。

ハミルトニアン・シュレディンガー方程式

上で導出した運動エネルギーを演算子で置き換えたものと位置エネルギーを使うと、今回のHe+のシュレディンガー方程式で使うハミルトニアンが完成します。

$$\hat{H}=-\frac{\hbar^2}{2m}(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2})-\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{2e^2}{r}$$

shiki
shiki

ようやくシュレディンガー方程式の全体像が完成しましたね。新しいことは何もしていないのですが、なんだか難しく見えてしまいますね。

$$(-\frac{\hbar^2}{2m}(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2})-\frac{1}{4\pi\epsilon_0}\frac{2e^2}{r})\psi(x,y,z)=E\psi(x,y,z)$$

ちなみに1番初めの「断熱近似」を取り入れなければ、このハミルトニアンに原子核が関係してきます。原子核も少しとはいえ動いていますから、運動エネルギーを持っていますからね。複雑な式がより複雑になってしまいますし、入れても大差ないことがわかっているなら近似した方がよさそうです。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

もっと難しくなるのにも関わらず、答えは大して変わらないことがわかっているから近似してしまうのですね。断熱近似を取り入れる必要性がわかりました!

シュレディンガー方程式を解く

シュレディンガー方程式の立式と断熱近似の意味が理解できたところで、いよいよ方程式を解いていくのですが、その前に少しばかり工夫を施します。

原子核が動かず、電子はそこを中心に軌道運動するのですから極座標を使った方がよさそうですね。極座標を考えることで変数を\((x,y,z)\)の3つから\((\theta,\varphi)\)の2つに減らすことができます。軌道運動を考えるのですから\(r\)は一定とみなしてよさそうです。

shiki
shiki

というわけで方程式を本格的に解き進める前に極座標に変換を行い、解きやすくなるようにしていきます。ただ、この後もひたすら長いのでいったんこの辺で一息つきましょう。笑

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

そうしてくれるとありがたいです。実際の原子だとシュレディンガー方程式を立てるだけでも結構大変なんですね。

次回は今回立てたシュレディンガー方程式を極座標に変換し、それを解いていきます。

shiki
shiki

ただ、以前にも言った通り化学では計算の過程ではなく、その結果の方が何倍も大事なので数式が得意でない人は結果だけをチラ見しておきましょう。

今日の要点

今回は電子を1つしか持たない原子である「水素様原子」の電子についてのシュレディンガー方程式を立式しました。立式するだけでも結構大変なのですが、基本的な考え方は1次元箱型ポテンシャルの場合とほとんど変わりません。

出てきた1つ1つの項が何を表しているのか、どこから出てきた式なのかをしっかり理解しておきましょう。それがわかればどんな状況のシュレディンガー方程式でも立式できるようになります。


参考文献

量子化学ー基礎からのアプローチ(真船 文隆)

詳解 量子化学の基礎(類家 正稔)

はじめての量子化学 量子力学が解き明かす化学の仕組み(平山 令明)

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