今回は計算化学と呼ばれる分野についてみていきましょう。いわゆる量子化学計算と呼ばれているものです。化学といわれて良くイメージするのは試験管や試薬を使った実験ですが、実際には原子や分子1つ1つは目に見えないため、本当に目的の反応が起こったのか、生成物が出来たのかを確認する意味で使うことが多いようです。
あれ、もしかしてこの量子化学計算ってシュレディンガー方程式を使うんですか?以前の話だとシュレディンガー方程式は解けないって言ってませんでしたか?
よく覚えていましてたね。ということで、もちろんこの計算は完璧なものではありません。それではそのあたりも含めてみていきましょう!
量子化学計算とは?
量子化学計算とは量子力学・量子化学に出てくるシュレディンガー方程式等を実際の原子や分子に対して適用し、計算によって化学的な反応や性質を明らかにする手法です。
それではどのような計算を行っているのか、その計算の結果から何がわかるのかについてもう少し中身を見ていきましょう。
そもそも何の計算をしているのか?
そもそも量子化学計算ってなんの計算を行っているんですか?初めて聞いたので基礎的なことから分かっていません…
量子化学計算では基本的にはエネルギー計算であると考えればよいでしょう。その計算手法には理論や手法によって様々なパターンがありますが、かなり多いのでここでは基礎的かつよく出てくる手法を2つ紹介します。その2つとはハートリーフォック法とDFT法です。
ハートリーフォック法
ハートリーフォック法は教科書に出てきた方程式ですね。細かいことは別記事で解説するとして、簡単に言うと「注目電子以外の電子は平均的な電場を作ると仮定してエネルギー計算を行う手法」です。
これは水素原子などの簡単な原子が対象なら手計算でも導出できなくはないですが、さらに原子番号が大きくなると電子もそれだけ増加します。その分だけ計算量も莫大になり、とても手計算では扱えなくなってしまいます。
そこで登場するのがコンピュータです。手計算でできないのならコンピュータにその複雑な計算を任せてしまえということですので、やっている計算自体は教科書に出てくるものと同じです。
実際には、原子や分子に対しての複雑な計算をコンピュータに任せることが多いです。ハートリーフォック法はそのいくつかある手法うちの1つです。メインの計算はエネルギーを出すことであり、そのエネルギーが分かればそこからさらに芋づる式にいろいろな情報が計算できます。
DFT法
次に紹介するのはDFT法です。日本語では密度汎関数法と呼ばれています。ハートリーフォック法ではシュレディンガー方程式を基礎にしているのに対して、DFT法ではコーンシャム方程式と呼ばれる方程式を基礎にしています。
名前は違いますが全く異なるものというわけではありません。この2つは等価なものであり、計算しているものが違うだけととらえておけばいいでしょう。
シュレディンガー方程式はたしか波動関数とエネルギーを計算していましたよね?コーンシャム方程式は何に注目しているのですか?
コーンシャム方程式は電子密度に注目しています。電子密度がわかればエネルギーが計算できることが分かっていますので、シュレディンガー方程式における波動関数のような役割ですね。
DFTについてはこのくらいわかっておけばいいでしょう。つまり、原子や分子の電子密度とエネルギーに注目して計算を行う手法です。次にこのハートリーフォック法やDFT法といった量子化学計算からから何がわかるのかについてみていきます。意外と得られる情報は多いですよ。
計算結果から何がわかるのか?
量子化学計算からわかることはかなり多いです。応用的に用いればさらに様々な情報がわかりますが、ここでは代表的な情報をいくつか取り上げてみます。
よく見るものとしては、最安定構造・エネルギー値・電荷分布・結合距離・各振動モード・紫外可視吸収スペクトル・対称性…などですかね。
代表的なものだけでも結構ありますね。これらが全部わかるなんて量子化学計算ってすごいですね!
ただし、量子化学計算が万能なんてことはもちろんありません。それは先ほども出てきた通り、「シュレディンガー方程式が正確に解けない」ことからも分かります。そのためこれらの計算はその過程でいくつもの近似を取り入れていることが多いのです。この近似の扱い方やどのような近似を取り入れるかによっていくつもの計算手法が生まれました。
量子化学計算の精度
量子化学計算についてもう少し詳しく見ていきましょう。実際にコンピュータに計算を行わせる際はいくつか初期設定をしなければいけないのですが、その際に出てくるのが基底関数と呼ばれる関数です。
はじめて聞いた名前の関数ですね。どのような関数なのですか?
ここからはあくまでもイメージしやすい説明を優先するので、もしこの範囲の厳密な説明が知りたい人は他サイトや教科書を参考にしましょう。
基底関数とは?
量子化学計算を行う際に初期設定として指定する基底関数をわかりやすく言うと、「計算を行うとき、どの電子軌道までを考えるか?」ということを指定しています。
例えば、水素のように電子が1つしか含まれていない原子でも、電子が入っていない空軌道として\(2p\)軌道や\(3s\)軌道を考えることはできますよね。このように延々とある電子軌道のうち、どこまでの軌道を計算で考えるかということを指定するのです。
しかし、もちろん考えなければいけない軌道が増えれば増えるほど、計算量も爆発的に増えるので必ずしもたくさん考えればよいというわけでもありません。さらに、考えている系に必要ない軌道を取り入れることで計算手法による誤差が大きくなることもあったりします。
このあたりが計算を行う人の特性が出てくるところです。計算を行う際は先行研究で使われている基底関数をいくつか調べてから、そのうえで使う関数を判断しましょう。
ちなみにDFT法ではこの基底関数とは別に、汎関数と呼ばれる関数も指定する必要があります。なのでDFT法では合計2つの関数を指定する必要があるのです。
汎関数とは?
汎関数とは多数の電子に起因する効果を取り入れたものです。つまり電子相関や電子スピンといったように電子が複数あることによって発生する影響を取り入れたもので、どの汎関数を選ぶかによっても計算結果は左右されます。
つまり、汎関数が複数あるのはどのように相関を取り入れるか?の考え方が様々あることによりますね。また汎関数によって扱う系の得意・不得意分野があったりします。
特に水素結合やファンデルワールス力といった比較的弱い結合が重要な役割を果たす系を考える際には汎関数の選び方には注意する必要があります。
今回の要点
今回は量子化学計算について大まかにみてきました。量子化学計算が実験結果をサポートするものであることが分かりましたね。さらに実験と計算の関係性や計算から分かることについても見ることが出来たと思います。
量子化学計算を行う際は自分で勝手にこれらを決めるのではなく、先行研究をきちんと調べないといけないんですね。
そうです。ここで紹介した以上に計算手法は存在しますし、それをすべて把握している人なんていません。なので、とりあえず細かい理解はおいといて計算ができて、その結果が適切に使えれば問題ないでしょう。
何か問題が出てきてから、計算手法や中身を疑えばよいのではないかと思います。
参考文献
量子化学ー基礎からのアプローチ(真船 文隆)
詳解 量子化学の基礎(類家 正稔)
はじめての量子化学 量子力学が解き明かす化学の仕組み(平山 令明)
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