さてさっそく量子化学の基礎について学習をしていきましょう。これまで高校物理で学習した内容はまとめて古典力学と呼ばれるものです。一方でこれから学習するのは量子力学と呼ばれるものです。
私も初めは何が違うのかすごく困惑しました。しかし簡単に言えば、古典力学は「目に見える程度の結構大きなスケールで成り立つ物理学」であり、量子力学は「目に見えないほど小さなスケールでの物理学」というのが私の両者に対するイメージです。
例えば古典力学で扱うのは球や振り子、剛体といった目に見えるものの運動やエネルギーを扱いましたが、量子力学では電子や光子、原子核といった超ミクロな世界を扱います。このイメージを持っておけばそうそう困ることはありません!今回はその手始めに電子について考えていきましょう。
これ化学と関係あるの?物理じゃない…?
化学反応は電子の動きを理解することで説明できるのです。
また今後はスーパーコンピュータを用いて計算で反応を予想することも盛んになるでしょう。
電子は粒子なのか?波なのか?
高校物理の最後に電子の波動性と粒子性の2つについて学習しますよね。電子はこの一見よくわからない2つの性質を持つ物質としてミクロな世界で運動しています。つまり、電子は粒子なのか?波なのか?と問われれば、「どちらにも当てはまる」これが私の電子に対する理解です。
何もどちらか一方に絞る必要性は全くありません。またこのような柔軟な発想ができたからこそ、現代の教科書に名前が残るほどの発見であったといえるでしょう。
つまりある時は粒子っぽい性質が前面に出て、またある時は波っぽい性質が前面に出るといった振る舞いをするのです。「どちらか一方」という固定観念からは早く離れましょう。
実験で示す光と電子の性質
さて歴史的にどのように電子が「波の性質」と「粒子の性質」の2つの性質を持つことが発見されたのでしょうか?「粒子性」と「波動性」を確認するために行われた実験を見ていきましょう。
こんなに小さい原子レベルのものが粒子であるとわかっただけでもすごいのに波動性も確認したんですか?どのような実験なのか気になります!
これからその二重性を観測した実験を見ていきましょう。
陰極線とスクリーンによる干渉縞
陰極線とは陰極側からのガラスが発光しているということが発見され、これが「陰極線」と名付けられて光と同じようなものだと理解されていたので波動性を持つと考えられていました。
光は高校物理で学習した「ヤングの実験」などのようにスクリーン上で強め合う場所と弱め合う場所ができましたよね?そして電子でも同じような実験を行う人があらわれます。つまり1つずつ電子を打ち出すことができる電子銃と電子が当たった場所が色の変化で確認できるスクリーンを使うことで同じ状況下での実験を行います。
このような実験を行えば、電子は2重スリットのどちらかしか通過できないので、もちろんスクリーンには2本の線が観測されることが予想できるでしょう。しかし、実際の実験結果は大きく異なっており、なんと電子の当たった場所はまるで干渉したかのように電子がたくさん当たった場所と電子がほとんど当たらなかった場所が縞模様のように観測されました。
なるほど、もし2つのスリットのどちらかを通っただけであれば、そのスリットに近いスクリーン上に2本の線が観測されて終わりですもんね。
そうです。この奇妙さに気づきましたか?電子は1個ずつしか発射していないのですからただ単にスリット間を通り抜けるだけなら干渉なんてしませんよね。
当時の研究者はこの実験結果がしめすことにかなり困惑したことでしょう。しかし実験事実を捻じ曲げるわけにはいかないため、この実験から電子に「波動性」が存在することが示されました。
光電効果
電子が「波動性」を持つことが発見された後、あの有名なアインシュタインによって「光電効果」が発見されました。これは物質にある波長以下の光を当てると、その光に応答するかのように電子が物質表面から飛び出してくるといった現象です。
さて、これを電子が波であるとしてどうやって説明できるでしょうか。結局これは電子の持つ「粒子性」の特徴の1つとして考えられ、この時に電子が「波動性」と「粒子性」の2つの性質を持つことが示されました。この後からミクロな世界では普段のスケールでは気づかない、物質の持つ二重性がよく観察されると考えられるようになっていきます。
数々の光電効果に対する実験事実からどうやら単なる電磁波の性質によるものではないことがわかりました。つまり光と同様に電子にも「粒子性」が発見されたんです。
このような実験過程を経て光と電子に「波動性」と「粒子性」の2つの性質が発見され、奇妙な結果となりました。さてこの実験結果に対して困ってしまったのが物理学者です。
物理的な現象を式で表したいと考えるのですが、「波についての式」と「粒子についての式」のそれぞれはありましたが、それらを組み合わせたような式は存在しなかったのですね。
二重性を組み合わせた方程式
シュレディンガー方程式とは?
この問題を解決したのが物理学者のシュレディンガーです。もしかしたら理系チックな話や不思議な話が好きな人はどこかで名前くらいは聞いたことがあるかもしれませんね。
シュレディンガーの猫などの話は有名ですね!この式が表す意味や量子力学・量子化学の中身が少しでも理解できればあなたの理系トークに華咲くのも間違いなし!笑
それでは早速その式を見てみましょう!
$$\hat{H}\psi=E\psi$$
これがシュレディンガー方程式です。思ったよりシンプルですよね。私も初めはそのように思ってました。この式にたくさんの情報が詰め込まれていて、その納得いく理解に2年超もの時間を費やすことになるとは知らずに…笑
時間に依存しない方程式とその意味
先ほど見た方程式は「時間に依存しないシュレディンガー方程式」と呼ばれるものです。ということは「時間に依存するシュレディンガー方程式」だって存在するわけです。この違いは波の時間変化に起因するものです。普通、波というのは時間によって変化していくものですが、「時間に依存しないシュレディンガー方程式」では波の形は時間によって変化しないと考えます。この「時間によって変化しない」というのは、時間を止めているわけではありません。では、どのような波のことなのでしょうか?
そんなものあるの?と思われる人もいるかもしれませんが、思い出してみてください。時間が変わっても進まないように見える定常波という波を高校物理で習いませんでしたか?「時間依存しない」とはまさしくそれを示しているのです。
「時間に依存」の意味が分かったところで、式の持つ意味を簡単に見ていきましょう。私なりにかみ砕いて説明するとおおよそこの式が示しているのは下のようなことです。
またシュレディンガー方程式内の文字をそれぞれ見ていきましょう。\(\hat{H}\)は「ハミルトニアン」、\(\psi\)は「波動関数」、\(E\)は「エネルギー」を示しています。波動関数というのはシュレディンガー方程式を適用する注目粒子の運動やエネルギー等に関する情報が全て詰まったものなのですが、単体ではほとんど役に立ちません。エネルギーは注目している粒子がもつエネルギーのことで、不連続な値をもつことが最大の特徴となっています。
波動関数は単体ではほとんど役に立ちませんが、その2乗は粒子の存在確率を示すという性質を持っています。この記事の下の方で解説しますが、以下の記事も参考にしてみてください。
みなさんがもっとも気になるのはハミルトニアンですよね。
ハミルトニアンとは「演算子」とも呼ばれることもあります。演算子とは微分・積分の範囲でよく出てくる記号なのですが、高校でも出てきた\(\frac{d^2}{dx^2}\)や\(\frac{d^2}{dt^2}\)と同じようなものです。つまり「その記号の右にある関数を微分・積分しますよ」という意味なんですね。
次回「箱型ポテンシャル」という例題を使って実際にシュレディンガー方程式を解いていきたいと思います。
え。なんかめっちゃ出てきた…泣 全然意味わからないんだけど。やばい…。
大丈夫です。このような概念的な理解が十分な学生は1年生・2年生にはほとんどいません。なので「へー。そんな意味なんだ。」のなんとなく程度でOKです。
電子の存在確率って?
シュレディンガー方程式の意味をある程度おさえたところで、本格的に量子力学的な考え方に取り組んでいきます。量子力学では粒子の「位置」と「運動量」を同時に正確に決定することはできないという前提で成り立っています。(不確定性原理と呼ばれています。)
もっと簡単に言うと、電子や光子を取り扱うミクロな世界では「粒子の位置と速度を同時に正確に観測できない」という意味になります。
例えば机の上を転がっているビー玉のある瞬間の位置と速さは正確に観測できますよね?しかし電子や陽子などとても小さな粒子になるとその正確な測定ができなくなり、測定結果に誤差が含まれるようになります。
この測定結果に含まれる誤差は実験機器が悪いとか測定手法が悪いとかではなく、どんなに正確で厳密な測定をしても含まれてしまう確定誤差ともいうべき存在なのです。ミクロな粒子にはこのような性質があるため位置が正確に決められず、「この辺に存在する」という議論をしなければなりません。
「この辺に存在する」を数学的・物理的に考えるには、ある一定の体積を持つ微小空間(限りなく小さな箱とでも考えておきましょう)を考えて、その中に粒子がある確率を考えます。この時の微小空間中に粒子が存在する確率をあらわすために先ほどの波動関数の2乗を使うわけです。
シュレーディンガー方程式は解けない!?
ここまでの話を簡単にまとめると「電子や光子などのミクロな世界での粒子はシュレディンガー方程式に従っており、この方程式から様々な情報が得られる」ということを見てきました。そのためこの方程式を解きさえすれば電子の動きが全てわかり、物理現象や化学現象が実験をしなくても予測出来たりしてかなり良い未来になりそうな気がするのですが、この方程式実はほとんどの場合「厳密に解けない」のです。
ちゃんと解けるパターンもあるのですが、この方程式は電子同士の反発を取り入れるのが苦手なようなのです。このため電子が原子・分子中に1個しか含まれない場合は厳密に解けるのですが、2つ以上含まれるとこの方程式はスーパーコンピュータを使っても解けません。
この唯一解けるパターンである原子・分子に電子が1つしか含まれていないような状況を「水素様原子」、「水素様分子」と言ったりします。水素原子には電子が1つしか含まれていないので「それと同じような」という意味ですね。
なので現在ではシュレディンガー方程式を完全に解こうとする研究ではなく、いかに誤差少なく近似解を出せるかという研究が行われており、またシュレディンガー方程式を使わない方法等も検討されたりしているのですがこの話はまたの機会にすることにしましょう。
今日の要点
歴史的にいろいろな実験結果や試行錯誤を通して、今のような考えに至ったんですね。結構専門的な内容も多かった気がします。
確かに専門用語がたくさん出てきましたね。しかし覚えることはシュレーディンガー方程式と波動関数の絶対値の2乗が電子の存在確率を示すという2点だけでOKです!
- シュレーディンガー方程式は量子力学の基礎方程式で電子の運動を示している。
- 波動関数の絶対値の2乗は電子の存在確率を示す。
- シュレーディンガー方程式はほとんど解けないので近似法がいくつかある。
次回はこのシュレディンガー方程式がちゃんと解けるパターンの1つである「1次元箱型ポテンシャル」の問題を解いていきます。
参考文献
量子化学ー基礎からのアプローチ(真船 文隆)
詳解 量子化学の基礎(類家 正稔)
はじめての量子化学 量子力学が解き明かす化学の仕組み(平山 令明)
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