今回は分子の振動についてみていきましょう。分子の振動もあのシュレディンガー方程式で表すことが出来るんですよ。
えー!シュレディンガー方程式ってまだ出てくるんですか…
というか電子の運動だけじゃなく、振動まで表せるって万能すぎません?笑
またまたシュレディンガー方程式を使って分子の振動を数学的に考えていきます。シュレディンガー方程式がイマイチ思い出せない人は下記をチェックしてみましょう。
分子の振動
そもそも分子の振動とは何でしょうか?ここでは共有結合で結ばれた2原子分子を考えてみます。
とりあえず水素分子(H2)や酸素分子(O2)といったものを頭に思い浮かべましょう。原子が増えるとその分、振動も多様になっていくので今回考えるのはその中でも1番簡単なパターンです。
分子の振動とは?
共有結合とは分子となるためにお互いが電子を出しあって共有電子対を作ることで2つの原子が分子を作るときの結合のことでしたよね。分子模型を作った覚えのある人も多いと思います。
さて、この原子間の結合ですが分子模型と違って固定されていません。つまり原子間の距離は一定ではなく、伸びたり縮んだりしています。
思いっきり分子模型をイメージしていました…。ということは棒でつながっているというよりはバネとかゴムでつながっていると考えるほうが良いですか?
鋭いですね。ここからの話は原子が棒ではなくバネでつながっていると考えながら進めましょうか。
分子振動を考えることで見えてくること
この振動を考えることによって目に見えない分子の構造を知るための手助けになります。実験で何か化合物ができたけど、なんの化合物かわからない時などは持ってこいの考え方ですね。
また発展的な話題としては錯体の異性体やクラスターの異性体を調べるために使われたりします。
クラスターとはある分子と別の分子がファンデルワールス力等の弱い力で結合した錯体のことで、例えばベンゼンと水を1分子ずつで考えれば、ベンゼンに対して水がどのように結合しているのかがわかったりします。
まあここではこれくらいにしておきましょう。
分子振動を数式で考える
分子の振動がそのようなものかイメージできたところで、その運動を数式で表していきます。単に振動が激しい、穏やかとか言われてもよくわかりませんからね。ここでシュレディンガー方程式の再登場です。
シュレディンガー方程式を立てる
前回出てきたときのシュレディンガー方程式は電子の運動を考えたものだったのですが、今回は分子の振動について考えます。立式を行う前にハミルトニアン等についてはしっかり復習しておきましょう。
まずはエネルギーを考えて、置き換えをして、ハミルトニアンを作るんでしたよね?…あれ?振動のエネルギーって何ですか?
少し戸惑ってしまいますが考えなければいけないのはポテンシャルです。バネでつながっているときの位置エネルギーといえばわかりやすいですかね。
2原子を考えていますが両方を同時に動かすとわかりにくいので一方を原点に固定し、もう一方だけを振動させてみましょう。こうすれば壁にバネでつながれた小球などの振動と変わりませんから高校で習った振動と全く同じです。
そうすればポテンシャル(位置エネルギー)が\(U=\frac{1}{2}kx^2\)とあらわされることがわかると思います。これをそのままシュレディンガー方程式に代入すると以下のようになります。
$$(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+\frac{1}{2}kx^2)\psi(x)=E\psi(x)$$
シュレディンガー方程式を解く
このシュレディンガー方程式、このまま解くこともできますがかなり難しいです。変数変換だったり、演算子についての数学的な知識が必要になります。複雑な数式は解きたくないですよね。
数学の知識もかなり要求されます。これまで微分方程式を簡単そうに解いてきましたが、普通はこの式のように簡単には解けません。
それじゃあどうするんですか?このままだと先に進めませんけど…。
化学では解く過程よりも結果が重要なので、方程式の解だけ考えることにしましょう。もし、どうしても微分方程式を解きたいという人がいたら終わりの方に参考文献を示しているので探してみてくださいね。
振動の波動関数
それでは先ほどの振動のシュレディンガー方程式を解いた結果、解となる波動関数を見てみましょう。
$$\psi(x)=\sqrt{\frac{\alpha}{\sqrt{\pi}2^vv!}}H_v(x)exp(\frac{-x^2}{2})$$
え…全く分からないんですけど…。何ですか、このいかにも難しそうな式は。
これが振動のシュレディンガー方程式を解いた結果出てきた波動関数です。1次元箱型ポテンシャルとは比べ物になりませんね。笑
しかしこの難しそうに見える式に騙されないようにしましょう。1次元箱型ポテンシャルでもそうだったように重要なのはエネルギー\(E\)の方です。波動関数はそれ単体では何の役にも立たなかったはずです。
振動のエネルギー
波動関数から振動のエネルギーを考えてみましょう。こちらも導出過程はすっ飛ばしてしまって結果だけを下に示します。
$$E=(v+\frac{1}{2})\hbar\nu \qquad (v=0,1,2…)$$
おお。さっきよりは簡単な式になっている。ところで\(v\)や\(nu\)はただの定数ですか?
そうですね。\(\nu\)は高校物理の単振動で習った振動数を思い出してみるといいでしょう。このページの最後で少し解説しますね。また\(v\)は振動の量子数と呼ばれる値(整数)です。
つまり振動のエネルギーは\(v\)の値の変化に伴ってある特定の値しかとることが出来ません。これは1次元箱型ポテンシャルなどのときと同様ですね。ただしあるエネルギーと隣のエネルギーとの差は振動の方が圧倒的に小さいです。
また式を見てみればわかるように振動のエネルギーは量子数\(v\)の増加に比例してエネルギーも増加します。つまり\(v\)が1増えるとエネルギーは\(\hbar\nu\)増加します。
分子振動の特徴
とりあえず数式としては導出できましたがここから何がわかるでしょうか?
振動の量子化
少し前でも言った通り振動エネルギーも量子化されています。つまり飛び飛びの値しか取れないわけですね。振動運動に限らず量子化学ではかなりの類のエネルギーが量子化されています。
また様々なエネルギーの量子化が起こっていることから、量子数もかなりの数出てきます。なのでどこに注目したときの量子数なのかは今後もしっかり押さえておきましょう。
ゼロ点振動
もう一度振動の量子化されたエネルギーの式を見てみましょう。
$$E=(v+\frac{1}{2})\hbar\nu \qquad (v=0,1,2…)$$
ここで注目するのは\(v=0\)の場合のエネルギーです。振動の量子数が\(0\)の場合、つまり\(v=0\)をエネルギーの式に代入してみましょう。すると振動のエネルギー値は\(0\)ではなく\(\frac{1}{2}\hbar\nu\)となりますよね?
ん?何か変なことなんですか?話が見えてこないんですけど…
高校での物理・化学を思いだしてみましょう。絶対零度というものを学んだはずです。\(0K\)では原子・分子は熱運動をせず静止していると。しかし、上の式では量子数が¥(0¥)となっているのでこれ以上はエネルギーを失えないはずですが、その時に持っているエネルギーは\(0\)とはならないのです。
ここから原子や分子から限界までエネルギーを奪い去っても、この\(v=0\)の対応する振動エネルギー\(\frac{1}{2}\hbar\nu\)は常に持っていることがわかります。このエネルギー値を「ゼロ点エネルギー」といい、この時の振動運動を「ゼロ点振動」といいます。
言い換えると本当の意味での「静止」(つまりエネルギー値が\(0\))はしないわけですね。
今日の要点
今回は分子の振動についてのシュレディンガー方程式とエネルギーについて見てきました。数学的にきちんと解いたわけではありませんでしたが、この結果は非常に重要なので覚えておきましょう。
また「ゼロ点エネルギー」などは重要概念です。エネルギーの式と関連付けてしっかり理解しておきましょうね。
次回は2原子分子の回転運動を見て行きます。回転運動も同じようにシュレディンガー方程式を使ってエネルギー式を求めて、そこから分かることを調べていきましょう。
単振動について(高校物理)
ここでは高校物理で学習した単振動について少し復習します。単振動は振幅を\(A\)、角振動数を\(\omega\)、時間を\(t\)とすると\(y=Asin\omega t\)とあらわすことが出来ます。\(\omega\)は1秒間に進む角度を示しているため、周期を\(T\)とすると\(T=\frac{2\pi}{\omega}\)とあらわされます。
また単振動の運動方程式よりバネ定数\(k\)と質量\(m\)を用いて\(T=2\pi\sqrt{\frac{m}{k}}\)とあらわされます。
さらにここから普通の振動数\(f\)に変換します。そのためには周期の逆数を取ればよいので\(f=\frac{1}{2\pi}\sqrt{\frac{k}{m}}\)とあらわされます。
高校で学習した単振動の振動数\(f\)に相当するのが今回の分子振動における\(\nu\)になります。
参考文献
量子化学ー基礎からのアプローチ(真船 文隆)
詳解 量子化学の基礎(類家 正稔)
はじめての量子化学 量子力学が解き明かす化学の仕組み(平山 令明)
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