【量子化学】分子の回転エネルギー準位をわかりやすく解説!

量子化学

化学における極座標の有用性も分かったところで、今回は分子の「回転運動」を扱っていきましょう。実はこれまでに見てきた分子の「並進運動」、「振動運動」を合わせて運動の3要素となっています。

shiki
shiki

つまり分子の運動は「並進運動」、「振動運動」、「回転運動」の3つに分けられます。これらのエネルギー関係もとても重要なのですが、それについては今後別の機会に触れることにしましょう。

回転運動とは?

今回も2原子分子を思い浮かべてみてください。回転運動そのものから見ていくことにしましょう。回転運動とは2つの原子の重心が回転の軸となって回る現象のことです。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

あれ、今回は原子の間はバネとして考えないんですか?

shiki
shiki

いいところに気づきましたね。結論から言うと今回は棒として扱います。バネとして考えたのは結合が伸びたり縮んだりする「振動運動」を考えるためでした。しかし今回は「回転運動」だけを考えるので結合の長さは関係ないのです。

もう1つ重要な部分があります。それは原子間の「重心」を軸として回転するということです。結合の「中点」ではないので注意してください。次に数式としてこの運動を見ていきます。

回転運動を数式で表す

ここから数式を使って回転運動を表していきます。もちろん使うのはおなじみのシュレディンガー方程式です。原子や分子といった小さなものの運動を表すのにこの方程式を用いないことはありません。

古典的な角運動量

今回のテーマは回転運動であるため、まずは角運動量を考えます。簡単に言うと角運動量とは「回転の勢いを表すベクトル」であり、「速さの勢いを表すベクトル量」である運動量の回転バージョンだと思っておけばいいでしょう。

この角運動量を古典論で表現すると、以下のような式になります。

$$\begin{equation}\begin{cases}l_x=yp_z-zp_y\\l_y=zp_x-xp_z\\l_z=xp_y-yp_x\end{cases}\end{equation}$$

1次元箱型ポテンシャルのときと同様に、今回の回転運動ではこの角運動量を用いて回転運動のエネルギーを表していきます。

回転運動のエネルギー

古典的には回転運動のエネルギーは先ほどの角運動量\(l\)と慣性モーメント\(I\)という値を用いて次のように表されます。

$$E=\frac{l^2}{2I}$$

shiki
shiki

慣性モーメントとは、直感的には「回転のしにくさ」を表す量です。式では回転中心からの距離\(r\)と質量\(\mu\)を用いて\(I=\mu r^2\)とあらわされます。

以降のシュレディンガー方程式の立式では、この角運動量と慣性モーメントで表されたエネルギーを演算子に変換して、回転運動のエネルギー固有値を求めていきます。

シュレディンガー方程式を立てる

まずはこれまでの1次元箱型ポテンシャル、2原子分子の振動エネルギー準位と同様にハミルトニアンを考えていきましょう。角運動量といいましたが、その式は位置座標と運動量で表現されているため、これはそれぞれに対する演算子への置き換えでハミルトニアンが書けそうです。

まず、先ほどの角運動量を演算子として表記すると、下のようになります。

$$\begin{equation}\begin{cases}\hat{l_x}=-i\hbar(y\frac{\partial}{\partial z}-z\frac{\partial}{\partial y})\\\hat{l_y}=-i\hbar(z\frac{\partial}{\partial x}-x\frac{\partial}{\partial z})\\\hat{l_z}=-i\hbar(x\frac{\partial}{\partial y}-y\frac{\partial}{\partial x})\end{cases}\end{equation}$$

上の角運動量の演算子は各軸の方向に沿った演算子となりますが、今回必要なのはどこかの軸だけの角運動量ではなくすべての角運動量なので、これを全て考慮します。角運動量はベクトル量なので、すべてを足し合わせるためにはベクトルの合成をしなければなりません。そのため、合成したあとの全角運動量とそれに対応する演算子は下のようになります。

$$L^2=l_x^2+l_y^2+l_z^2$$

$$\hat{L^2}=-{\frac{1}{sinθ}\frac{\partial}{\partial θ}(sinθ\frac{\partial}{\partial θ})+\frac{1}{sin^2θ}\frac{\partial^2}{\partial φ^2}}$$

この演算子を用いたシュレディンガー方程式は以下のようになります。古典的な回転運動のエネルギーを表す演算子を作用させているので、この時のエネルギー固有値は回転運動のエネルギーとなります。

$$\hat{L^2}\psi=E\psi$$

極座標を用いた変数変換とエネルギー固有値

beasternchenによるPixabayからの画像

実は上記のシュレディンガー方程式は極座標を用いて変数変換することができます。極座標がどのような変換なのかについては以前解説しました。実際に変換する過程は詳細には示しませんが、この変換によってこれまで\((x,y,z)\)であった変数が、\((r,θ,φ)\)の3つになります。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

あー、あの球面で考えた座標のことですか!たしか距離を示す\(r\)と角度を示す\(θ,φ\)に変換する方法ですよね。

shiki
shiki

その通りです。今回考えるのは「剛体回転子」と呼ばれるもので、回転運動によって結合長が変化しないと仮定したものですから、\(r\)で示せば変数が1つ減ることになります。

極座標表示のシュレディンガー方程式

数値計算ができるように極座標変換を行うのですが、その変換はかなり面倒くさいです。一応、ただ計算をしているだけなので理解するだけなら苦労することはありません。そのため、計算過程は他の教科書やウェブサイトに任せるとして、結果だけを示しておきます。

シュレディンガー方程式の全体像

$$-\frac{\hbar^2}{2I}[{\frac{1}{sinθ}\frac{\partial}{\partial θ}(sinθ\frac{\partial}{\partial θ})+\frac{1}{sin^2θ}\frac{\partial^2}{\partial φ^2}}]\psi=E\psi$$

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

すごい複雑になっている気がするんですけど、こんなのを今から解いていくんですか?

shiki
shiki

たしかにすごく複雑そうに見えるんですけど、実はこの演算子は\(r\)が一定として扱った上で計算しているので、変数は\(θ,φ\)だけになります。そして、さらにこの演算子を使った固有関数は「球面調和関数」として良く知られた形なのです。

球面調和関数

角運動量の2乗の演算子を作用させた場合の固有関数は球面調和関数として良く知られた形をしています。結果としてこの固有方程式は\(l\)を量子数として以下のような形で解けることが分かっています。

$$\hat{L^2}\psi=l(l+1)\hbar^2\psi$$

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

いつもの複雑な式変形はすっ飛ばした結果だけパターンですね笑

shiki
shiki

まずは結果だけを見て、ちゃんと意味を理解することが重要ですからね。もし、導出が気になるのであれば「ルジャンドル陪多項式」で検索してみるといいかもしれません。

回転運動のエネルギー固有値

これまでの結果をまとめると、回転運動のエネルギー固有値は\(E=\frac{\hbar^2}{2I}J(J+1)\)となります。量子数は\(l\)から\(J\)に書き換えていますが、意味は全く変わりません。この量子数を「回転の量子数」と言ったりもします。

回転定数を用いた表現

この回転運動のエネルギー固有値は慣性モーメント\(I\)を用いた表現と回転定数\(B\)を用いた表現の2つがあります。しかし、これらは式変形の方法に関するものであるため本質的には同じです。

$$E=\frac{\hbar^2}{2I}J(J+1)=BJ(J+1)  B=\frac{\hbar^2}{2I}$$

shiki
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ただ、慣性モーメント\(I\)と違って比例定数のように見ることができるので直観的には理解しやすいかもしれませんね。

回転エネルギー準位

次に回転準位間のエネルギー差を見ていきましょう。それぞれの回転準位は\(E=BJ(J+1)\)で示されるエネルギー固有値を持っているので、その差は\(J\)を\(J+1\)に置き換えたものの差を考えればいいでしょう。

$$\Delta E=B(J+1)(J+2)-BJ(J+1)$$

$$\Delta E=2B(J+1)$$

これより、各準位間のエネルギー差は回転の量子数\(J\)が増加するに従ってどんどん開いていくことがわかります。もし回転遷移を考える場合は、2つの準位間のエネルギー差が重要となってくるので、スペクトル中には等間隔のピークが現れます。

まとめ

今回は回転運動の量子化を見てきました。分子振動などと同様に量子数によって量子化されたとびとびのエネルギー値を持つことがわかりましたね。

shiki
shiki

ちなみに、この回転のエネルギーは大体マイクロ波領域で起こります。分子振動は赤外領域なので、それと比べるとかなり小さなエネルギー差です。

さらに、今回出てきた回転定数\(B\)や慣性モーメント\(I\)は分子の構造を決定するために用いられたりするのですが、その話はまた次の機会にしましょう。

化学が苦手な男の子
化学が苦手な男の子

今回も相変わらず長かったので、ぜひ次の機会にしてください笑

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